【本日のか】台無しカフェ

僕が言葉に敏感すぎるからか、誰かのふとしたたったの一言でそれまでの全てが台無しになってしまうような事がちょくちょくある。

本当にちょくちょくあるので、もうそれはそういうことだということで、あまり台無し感を出さずに受け止めたり、その中でもまだ良かった点なんかを集めたりするトレーンングをしている。

だが、なぜそんな事になってしまうのだろうか。

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台無しカフェ

あみさんが淹れてくれた今朝のコーヒー

この前、とても雰囲気の良いカフェにあみさんと入ったのだが、そこでも台無しがあった。

「混んできたら、席の移動をお願いします。」

その日は、各自やりたいこと(僕は文章を書きたかったし、あみさんは本を読みたかった)ので、二人がけの椅子に対面ではなく、空いていた隣通しの席に座ることにした。もちろん、各自ドリンクも頼んで。

なお、店が混んでいたのなら気を使って多少の狭さも許容しながら対面に座っていた可能性もある。でもその日は、平日の昼間で、そこまでのお客さんはおらず、ほぼ貸し切りの状態だったため、広く(広くと言っても、2人がけの狭い席を2つだが)使わせてもらったのだ。

しかし、わざわざ店員がカウンターからでてきて、「混んできたらーー」といったわけである。

もうそこでおいおいと。

別に我々は2人で入ってきたが、世間話をしているわけではなく、各自作業をしているのだ。いわば1人客が2人来た状態なのだ。そして、現状まったく混んではいない。

せっかくくつろいだ気分で、集中していたところにサシを入れて言うことがそれかと。

それを言われることで、僕としてはこの店が混んでもらっては困る立場に追いやられた。新しいお客さんが来るたびに混んできたかどうかに気を使い、さらには「もう客は来るな」と呪いの呪文を唱えたほうが良いのかとも考えた。

ただ、そんなこともバカバカしく、最終的に僕が席を移動してあみさんの向かいに座った。せまく、PCを開くこともできなかった。

本当に台無しである。

人が少なく、広々としたセンスの良い内装・BGMの店内で、肩身の狭い思いをしながら、新しいお客さんや店員の視線に怯えながら過ごした。

あれ以来、一度もあのカフェには行っていない。

もしかしたら、あの店員が居ないときに行くかもしれないが、そんなもしかしたらに賭ける気にはなれない。

せっかくの良いお店も、台無しな一言でそこなわれたのだ。

この世界にはもっと良い場所で、心持ちの良い店員さんがやっているカフェもある。

そういうところでは、店の隅々までこだわり抜かれた安心感があるし、店員さんはお客さんを神様とまでは言わないが、愛と感謝で迎えてくれる。

台無しのあの店員さんも、そこまで悪い人ではないのかもしれない。きっと、過酷な労働環境だったのか、前日に彼氏と別れたりしたんだろう。

ただ、そういった心持ちでは、せっかくのお店も台無しだ。

良いものに囲まれる空間も大切だけれど、いかに、その空間と調和を取りながら、自分自身が心地よくあることが大切かを学ぶ良い機会だった。

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